結局どれが一番経営に役立つの?
CF(キャッシュフロー計算書)?
PL(損益計算書)?
それともBS(バランスシート)?
第2回
PL(損益計算書)は社長の通信簿・・だけど・・
今回からテーマを変え決算資料について、これだけ知っておけばというところを、上記の3つをそれぞれ取り上げて書いていきたいと思います。
財務があまり得意でない方向けに、いつものようにストーリー仕立てで書いてみました。
財務にお詳しい方は、社員さんに説明するときにこんな話だともしかして分かってもらえるかも知れません。
では早速始めさせていただきます。
さて前回はキャッシュフロー計算書とキャッシュフロー経営のただならぬ(?)関係について書きました。
巷で噂の二人の関係、実は誤解が多いっていうのが真相のようです。
さて今回は、社長が一番気にしている、いや、気にしなければいけない「社長の通信簿」である損益計算書(英語ではプロフィット・アンド・ロスを略してPLと呼ばれています)についてのお話です。
いつものように、とある社長さんに登場していただきましょう。
今回の社長さんはF市という地方都市で中古車会社「レッドロード」を営む、「赤路悪雄(あかじわるお)」さん。
赤路さんのお父様は昭和40年代の高度成長期に「レッドロード」を設立され、以来バブル崩壊や、リーマンショックも乗り越えて25年連続増収増益を達成された立志伝中の人物。
2011年、最高益を花道に引退、息子の悪雄さんに経営を引き継ぎまして会長職に。
このお父様、御年77歳ですが、地元の団体の役員も務め、ますます意気盛ん。
30を過ぎてから授かった一人息子の悪雄さん、もう立派なオトナですが、お父様はまだまだ心配なようです。
そんなお父様のもと、すくすく育ち、42歳で社長になった悪雄さん。
お父様が作った家訓「赤字は悪」を律儀に守り、4年間連続黒字を達成。
今期もチラシなどによる積極的な集客が功を奏し、売上は堅調です。
しかし、コロナによる世界需要の高まりから、良質な日本の中古車が海外で人気となるなど、仕入価格が徐々に上昇。
それにともない、黒字の源泉である利益率そのものが、ここにきてぐんと下がってきてしまいました。
それでなくてもお店の数が飽和気味のF市の中古車業界。
これ以上販促費をかけて売上アップで黒字を作っていくのはそろそろ限界のようです。
今期ももう半分ほど過ぎましたが、どうやらこのままでは、創業以来初の赤字決算になってしまいそうな勢い。
もし赤字になって家訓を守れなかったら、お父様になんと言われてしまうでしょう。
少なからぬ事業資金を貸してくれている地銀さんにも、なんて説明すればいいでしょう。
「黒字が赤字になる」、青くなった悪雄さん、ここで一大決心をいたします。
「そうだ、仕入れが下がらないのなら、経費を下げて黒字を出すしかない。一般管理費を下げることができたなら、きっと黒字を出すことができるに違いない。」
と、そう考えた悪雄さん、さっそく売上から仕入れを引いて売上総利益(粗利)、さらに人件費を始めとする様々な経費(一般管理費)を差し引いて営業利益、さらに経常利益が計算できる「損益計算書」とにらめっこ。
人件費に、光熱費、運送費や広告費に通信費、とすべての一般管理費を5%削減できたなら、どうにか黒字化できそうだ、と策をしぼり出します。
「赤字は悪」ここまで家訓をしっかり守り抜く、名前に反して生真面目な悪雄さん、もちろん従業員任せにはいたしません。
まず自らが模範を示そうと、社長ご自身の給与をすっぱり10%カット(!)、会長にも同様のカットをお願いします。
40過ぎて白いものが交じってきた頭を素直に下げる可愛い息子のためならば、と、にっこり笑ってお父様、社長退任後本格的に始めたゴルフの回数を減らすことに決めました。
ここまでやって悪雄社長、とある秋、月曜の朝、事務所に会社のみんなを集めます。
「さて、みなさんも御存知の通り今期は仕入れが上がっています。このままでは30年近く守ってきた連続黒字の望みが絶たれます。
まさしく会社存亡の危機!大変心苦しくはありますが、皆さんの給与はじめすべての経費を一律5%カットすることで、この難局を乗り越えたいと思います。
私と会長はすで10%の給与カットを決めました。どうかみなさんもご協力お願いします。」
と、言われた社員たち、業界のならいで決して高くない賃金ではありますが、皆にっこり笑ってうなずきます。
ゴルフ三昧、キャバクラ三昧の他のお店の社長がそう言うのならいざしらず、真面目に商売に取り組んできた会長・社長の言うことだ。
「上等だ!5%カット!やってやりましょう!」と早速その日から取り組みを始めます。
事務所の蛍光灯は半分に減らし、ちょっと厚着して空調も停止、バラバラに送っていた荷物もまとめて送り、洗車の水もホースでかけるのをやめてバケツを使います。
さらにチラシの紙質を改め、更にサイズを小さくして、配布地域も絞ります。
そんな努力を続けて2ヶ月後、会計事務所から月次決算書が届きます。
ドキドキしながら悪雄社長、封筒を開けて中身を確かめます。
素早くページをめくり損益計算書に目を通す・・・
なんと!更に赤字がひどくなっていました!
確かに人件費と広告費のカットは経費削減的には大きかった。
しかし、あれだけ社員たちが努力した水道光熱費などの経費は、ほんの数万円しか下がらず。
さらにチラシ代削減の逆効果でしょうか、一ヶ月の販売台数が例年よりだいぶ低くなってしまっていました。
「マズい! このままではマズい!・・いったいどうしたら・・・
そうだ! 野菜を売ろう! たしか前に友人で青果業を営むキャベツ太郎こと、加部くんが売り場にノボリを立てて野菜売らないか? 格安で卸してあげる、って言ってたな。
そうだ、街道沿いのこの店で野菜を売ればお客は来る。
そして中古車を見て買ってくれるんじゃないだろうか?」
さっそく加部くんに連絡を取り野菜を売ってみる悪雄社長。
平日はぜんぜんでしたが、土日は確かに賑わいました。
「これはもしかして、もしかして、イケるんじゃないだろうか?」
そう思った悪雄社長、土日の野菜仕入れを一気に増やします。
おかげで土日の朝は野菜を求める人々で中古車店は大賑わい!
そしてその月の月次決算資料が届きます。
「・・・ダメだ、いくら野菜が売れても黒字化しない・・」
それもそのはず、いくらお友達価格と言っても、プロが市場仕入れるよりはだいぶ高い。
さらに、たくさん人が集まるようにと、安い販売価格にするものですから、思ったような利幅は取れません。
しかもお客が来るのは土日だけというわけですから、月にならすと結局のところは薄利多売ならぬ「薄利ちょこ売」、儲かるはずがありません。
もちろん、期待していた野菜からの中古車買いなんていうのは、あるわけがありません。
やはり、大根2本買うのと、安いとはいえ中古車買うのとはまったくわけが違うんです。
もしかしたら数年後、クルマが必要になった時、思い出してもらえるかも、というのが関の山(せきのやま)、といったところでしょう。
日に日に顔色の悪くなる悪雄社長。
それを見ていた社員たちにも不安が広がります。
意を決した若手ナンバーワンが小さな社長室にやってきて
「あのう・・社長・・経費節減になるなら僕辞めましょうか? 好きな仕事ですけど僕なら他でも働くところありますし・・親も養っているので5%カット、ちょっと厳しいんです。」
あわてて引き止めを行い、一旦は若手ナンバーワン君の辞意は撤回してもらえましたが、相変わらず打つ手が見つかりません。
「困った・・本当に困った・・そうだ、彼に相談してみたら、彼だったら良い知恵が授かれるかもしれない・・」
と思い出したのが、同じ年に同じ高校を卒業した腹子良夫(はらすよしお)。
同じく後継者として小さな商事会社を経営する立場の彼なら、なにか良い知恵を持っているかもしれない。
先月同窓会で、傾きかかった会社を立て直した話をしていたはず、恥を忍んでここは彼に聞いてみよう。
善は急げとばかりにLINEでメッセージを送ってみると、早速来てくれるとのこと。
真面目で律儀な悪雄社長の日頃の行いが、彼にも伝わっていたのでしょう。
「やあ久しぶり、早速月次決算見せてくれる?」
単刀直入な腹子の言いぶりに、恥ずかしいと思う間もあらばこそ、すっと大事な決算書を手渡します。
パラパラとページをめくる腹子、顔を上げるとあっさりこう言ってのけます。
「ん〜〜〜? この決算書のどこが不安なの? 現金たっぷりあるじゃん」
「で、でも、今期はどうやったって赤字だし、先日事務員さんからも来月の支払いのお金がカツカツかもしれないって・・」
「この定期預金解約すればいいじゃん。あと土地建物の額が結構多いけど、この会社の他に遊んでる土地があるんじゃないの?」
「いや、その定期預金は先代が長期借り入れしたときに銀行から言われて作ったやつだから、解約だなんて言ったら、銀行からどう思われるか・・ここ以外の土地も先代が資材置き場にって買ったものだし・・・ていうかなんでそんなこと分かったの??」
「あのさー、損益計算書の前に貸借対照表(たいしゃくたいしょうひょう)ってのがあるでしょ、別名バランスシートって言って、その会社の持ち物(資産)と、それをどうやって手に入れたのがざっくり分かるんだよ。
だいたいさ〜銀行が定期預金を拘束するなんて、何十年も前の話だよ。もしおろさないで、って懇願されたらそれをネタに低利で融資してもらえばいいんだよ。
土地だって担保にもなるし、使ってないなら売ってしまってもいいし・・」
「それで黒字になるの??」
「ならないよ」
「じゃあやっぱり・・・」
「あのさ悪雄君、会社は赤字でつぶれるわけではないんだよ
会社がつぶれるのは現金が不足した時!たとえ黒字でも現金がなければつぶれるんです。
おたくは確かに今期赤字確定みたいだけど、現金やその代わりになる資産がたっぷりあるからすぐにはつぶれないよ。
今、変な工夫して黒字にするようあがくより、来年度以降しっかり稼げるよう、今期のうちに必要なお金を使っておかなくちゃ!」
ここまでやってきた赤字脱却の悪工夫をズバリ言い当てられた悪雄社長、これまで青かった顔色が恥ずかしさのあまり真っ赤になり、脇の下を冷たいものがすーっと流れます。
「で でも黒字は善、赤字は悪、でしょ??」
「そりゃそうだね、おたくが現金や土地など、これだけの資産を積み上げて来たのは、創業来続けてきた黒字決算のおかげだね。
赤字を何年も続けていったら、いずれは現金がなくなってつぶれてしまう、だから悪!
でもね、さっきも言ったとおり会社に現金がある、もしくは調達できるうちは大丈夫。
もちろん単なるムダはいけないけれど、人件費や広告宣伝費など利益を生むための経費まで削ったら、どんどんジリ貧になってしまうよ!そういうところにお金をしっかりかけないと!」
この言葉で家訓である「赤字は悪」その呪縛から、すーっと狐が落ちたような気持ちになった悪雄社長、勢い込んで友にたずねます。
「じ、じゃあ・・じゃあ・・・今期の黒字はあきらめるとして、来年度の黒字復活のために一体なにをやったら・・・」
「ん〜〜、まず一律の経費削減は速攻でやめること!
社員さんの給与をもとに戻して、チラシも元の品質に戻す、これらは利益の源泉だからね!
光熱費の削減はエコで大切なことだけど、バケツで何十台の車を洗うとか作業性が極端に落ちる削減策はやめる。エコは大事だけどムリ・ムラ・ムダが出ちゃったら元も子もないからね。
ああ、あと、社員さんのモチベーション維持のために、これまでカットした分の給与を補給してもいいんじゃない?原資はもちろんキミら親子の給与カットを継続する分で(笑)」
「わ・わかったそうするよ! 他には?」
「人を集めるのに野菜を売るってアイディア、悪くはないんだけど集まってくるのは単に野菜が欲しい人だけだからね。
その野菜の仕入れそのものはやめず、使い方を変えてみようか!
色んな野菜の詰め合わせダンボールを作って、「ご成約の方にプレゼント!」ってのはどう?
ここでクルマ買ったら、よそと違って野菜が一箱ついてくる!なんかよくない??」
「そうだねっ! 商売でたいせつな差別化ってやつができそうだ! キャベツ太郎こと、加部くんにも義理が立つし。
「もし野菜を余しちゃったら、子ども食堂とかに寄付するといいよ。お礼状頂いたらお店に貼ったり、SNSにあげればお店の信用も上がるでしょ!」
うん、それもいいね!さっそくそのキャンペーンを盛り込んだチラシを発注するよ、あとノボリも書き換えないと!」
「ははは 悪雄! おまえ、いい友達に恵まれたなぁ! 全部聞かせてもらったよ。」
「あ 倒産・・じゃなかった 父さん!」
そう、この話のいきさつを、たまたま会社の様子を見に来た創業者で先代社長の、悪雄の父がすっかり聞いていたのです。
「す すまん 父さん! 家訓の「赤字は悪」・・どうしても守り切ることができませんでした」
がっくりとうなだれる悪雄に父はやさしく語りかけます。
「「赤字は悪」ってこの家訓な、父さんが創業したての頃、銀行からも相手にされず、仕入先からも現金払いじゃないと車を売ってもらえない、そんな時からずーっと心がけてきたものなんだ。
25年連続増収増益は、そんな気持ちでやってきた自分に、世間が与えてくださった勲章だと思っている。
俺もバランスシートなんか見たことはねえが、腹子さんのいうことには、おかげでじゅうぶん資産はあるっていうじゃねえか。
これまでのことはこれまでのこと、時代も俺たちの会社レッドロードの内容も変わった!
これから家訓を書き直さないといけないなぁ・・・
「赤字上等! ガンガン攻めろ!」なんてどうだ?」
「父さん 極端! 家訓はそのまま守るけど 何が何でも、ってことじゃなく、これからはバランス良く行くことにするよ!
・・そうだ、腹子君! もしできるなら、これから時々来て俺にバランスシートに基づいた経営を教えてくれないか? もちろんタダでとは言わないよ!」
「そうだね、それだと俺も大手を振って会社から出てこれるよ、一応ビジネス、ってことになるからな(笑)」
「いやいやいや 人の役に立ってお金が発生する、これは立派なビジネスですよ! 腹子先生!」
「腹子君 息子をよろしく頼むよ はっはっは」」
偶然でしょうか、外を見るとこれまでしとしと降っていた雨も上がり、雲の間から明るい光がさしているのが見えます。
来期の「レッドロード」の成績やいかに!それは来年のお楽しみ!
ということで次回は「バランスシート経営」についてのまた別の物語をお聞かせすることをお約束して、今回はここまでとさせていただきます!
お付き合いいただきありがとうございました!
☆おまけ
実はこの悪雄社長のモデルは、30代前半、まだ社長になる前、常務時代の私自身の体験が下敷きになっています。
野菜を売ったことはありませんが、経費削減のところはほぼ体験談(恥)。
その後色々あって、時と場合によっては赤字でもしっかり未来につながる投資をするスタイルに切り替えた私。
それにつれて、会社の内容はぐんぐん改善、給与も上がって離職率は激下がり、収益構造も磨きがかかり、バランスシート(貸借対照表)に代表される財務内容も良くなって、金融機関さんからみても「貸したい会社」になることができました。
そのへんの詳しい経緯については次号にご期待!