実録 組織のハーモニーを生む、ポリモーフィズムが不協和音を奏でるとき
前回は「ポリモーフィズム」についてお話しました。
業務上での「ポリモーフィズム」の使い方をかんたんにおさらいすると
「トップが全体的な方向性を指示したら、それぞれの担当部門が各部門の属性に応じた個別の作業にそれを読み替えて実行する」、という仕組みを作る。
この仕組みでトップの負担を減らし、各部門の能力を最大に発揮してもらうことで、経営資源の最適化を図ることです。
ここまででしたら、ある意味上意下達がしっかりしている企業では行われていると思います。
ただし私達エースラボが考えるポリモーフィズムでは、トップ(親クラス)の短い指示(統一されたメソッド)に対して各部門(子クラス)はどういう作業に読み替えて具体的に行動するかが明文化されいて、さらにそれが組織内で共有されていなくてはなりません。
さて今回はこの辺を守らずに「ポリモーフィズム」を実装してしまった会社のお話。
とある地方都市でがんばる創業60年の電気設備施工会社「Mコーポレーション」の現場をのぞいてみましょう。
今日も朝からにぎやかなMコーポレーション。
社長と、現場の責任者が何やら揉めてますよ・・・
「マツモト君、今回の工事ってなんでこんなに日数かかってるの? 施主さんからもどうして?って聞かれてるんだけど。」
「オオノ社長、そんなこと言ったって仕方ないじゃないですか! 僕の納得のいく仕上がりまでなかなかならないんですよ。あと3日はもらわないと終わりませんね。」
「えー?、もう最初に施主さんと約束した工期を2日も過ぎてるんだよ! 施主さんからはあれでもう十分って言ってもらっているし、マツモト君、明日からニノミヤ君と行く現場打ち合わせに行けなくなちゃうじゃない。
そもそも請負工事で金額は最初っから決まってるんだから、赤字になっちゃうよ。」
「なに情けないこと言ってるんですか! 我がMコーポレーションの行動規範は『品質』だ、って言ったのはオオノ社長でしょ? 私は私が納得行くまで品質を追求させていただきますから。もし赤字になるようだったら、施主さんに言って値増ししてもらってくださいよ。」
「・・確かにそうは言ったけど・・・」
やれやれオオノ社長、職人気質のマツモトさんに逆ネジを食わされたみたいですね。
こちらでは、営業のアイバさんと、現場担当のニノミヤさんがなにやらひそひそ話。
「ニノミヤ君、オオノ社長が最近になって急に『品質』って言い出したけどさあ、うちの仕事って設備(製品)をメーカに作ってもらって、それを設置する仕事じゃん。設備(製品)の品質はウチではどうにもならなくね?」
「だよね〜、だって品質はメーカーが作るものでしょ? だったらメーカーさんにきっちり言ってほしいよね。まあ面倒だから、いつもどおりやっておきますか。」
おやおや、こちらでは社長の指示は全く実行されず、自分たちがやりたいように仕事が進みそうなもよう。
奥のデスクでは、経理担当のサクライさんが思案顔です。
「オオノ社長がポリモーフィズムがどうしたこうした言い出して、急に『品質』が行動規範ってことになったけど、間接部門の我々は一体なにをどうしたらいいんだろう?? 一緒に施工現場に行ってなんかしなきゃいけないのかな?簿記の資格は持ってるけど、技術の資格なんて持ってないよ・・体力仕事は苦手だし・・どうしよう・・」
キマジメなサクライさんは悩みすぎてこのままフリーズしてしまいそうな雰囲気ですね。
せっかく「ポリモーフィズム」の考えに基づきオオノ社長が全体的な方向性である「品質」を指示したのに、Mコーポレーションでは美しいハーモニーを奏でるどころか、前よりも不協和音が増してしまっています。
原因の一つとして、私達が推奨する「トップ(親クラス)の短い指示(統一されたメソッド)に対して各部門(子クラス)はどういう作業に読み替えて具体的に行動するか、が明文化されいて、さらにそれが組織内で共有されていること。」が守られていないことが考えられます。
つまりオオノ社長が打ち出した「品質」という指示が、各部門においてどのような振る舞いを求めているのか、がはっきりしていないのです。
なのでサクライさんがとまどうのも無理もありません。
さらにもうひとつ、オブジェクト指向のより具体的な設計の原則の一つ「リスコフの置換原則」が守られていない部分がこの不協和音を更に複雑にしています。
この聞き慣れない「リスコフの置換原則」というのは(オブジェクト指向プログラミングの専門サイトの説明によると)「基本クラスをサブクラスに入れ替えても問題なく動かなけらばならない」という原則でなんだそうですが、
一体全体な~に言ってんでしょうか・・
抽象的すぎて何言ってるのかよくわかりませんね。
もうちょっとわかりやすいサイトから引用すると
1.サブクラスのメソッドは、基本クラスのメソッドよりもインプットの条件が緩い。
2.サブクラスのメソッドは、基本クラスのメソッドよりもアウトプットの条件が厳しい。
ということのようです。
まだまだわかりにくいので、これをより組織マネジメントに即してエースラボ的に超訳すると、
上層部より指示を受けた各部門は
1,上層部の指示をより厳しい前提条件に勝手に読み替えてはいけない。
2,上層部が求めるよりも小さい成果を出そうとしてはいけない。
ということです。
マツモトさんは、オオノ社長が想定するより遥かに厳しい条件を前提に仕事をしてしまっていますし。
アイバさんとニノミヤさんは、社長が想定しているより遥かに低い成果で応えようとしています(というか今回の「品質」という条件に対してゼロアウトプット)。
この原則に照らし合わせると、社員であるマツモト・アイバ・ニノミヤ・サクライがいけないんじゃないかと思われるかもしれません。
しかしここは「具体的にどう行動するかが明文化されいて、さらにそれが組織内で共有されている」状態を作ろうとせずに「品質」という行動規範を提示してしまったオオノ社長が責められるべきでしょう。
「中小企業の救世主」とも呼ばれた昭和の鬼コンサルタント、一倉定は「郵便ポストが赤いのも、電信柱が高いのも、全部社長のせい!」と書いてました。
そんな言葉を知ってか知らずか、さすがのオオノ社長も問題解決に乗り出しました。
まず、部門ごとにまもるべき「品質」とは
1,現場施工部門においては「製品ではなく工事内容や仕上がり、さらには現場での態度や、後片付けの質」のことであること。
2,営業部門においては、「接客態度、見積もりの迅速さ、正確さ、かゆいところに手が届く打ち合わせの質」のことであること。
3,そして間接部門においては、「お客様に接する社員がモチベーションを保てる人事制度、お客様対応に専念できる業務サポートはもちろん、正確な管理で行政(税理や各種手続き)や金融などの利害関係者に評価される業務の質」であること。
と定義した文書を社内共有しました。
その上で「品質」というあいまいな行動規範を
「お客様に支持される品質の追求」
と、一定の抽象度は守りながらもより具体的で条件のはっきりしたものに改めました。
そしてこれらを、朝礼などで繰り返してアナウンス。
特に行動規範「お客様に支持される品質の追求」は、知り合いの染物屋さんに頼んで横断幕に仕立て、社長席の後ろに掲げました。
そして社員たちに「AかBか判断に困ったら、この横断幕のとおりにして」と伝えました。
これを機に、アイバ・ニノミヤ・サクライさんたちは自部門の品質がお客様の満足を得られるべく努力を始めます。
品質の条件が顧客からの支持ではなく、自分の満足だったマツモトさんも、品質への厳しさは維持しつつも、それが行き過ぎて上位のモジュールに条件変更を求めるようなこともなくなりました。
まだまだ解決すべき課題は沢山あるものの、Mコーポレーションはとりあえず混乱を脱し、お客様や利害関係者からも「品質のMコーポレーション」という評価をいただけるようになったそうです。
お察しの通り、ここで登場したMコーポレーションは、私が後継し、社長をしていた現在の事業会社「ミカド電装商事」がモデルです。
(某アイドルグループのメンバーのお名前を拝借したのはかなり図々しかったですね)
この「品質事件」が実際に起きたのは10年以上も前の事ですし、今は社長も替わり、いちいち品質について会長である私がどうこう言うことはありません。
しかし「お客様に支持される品質の追求」の横断幕は今も現社長の後ろにあり、社員たちにとって各部門の品質の定義はごく当たり前のことになり、品質の追求はいわばミカド電装商事のDNAのようなものになっています。
もし横断幕の実物をご覧になりたい方がいらっしゃれば、いつでもお声がけください。
もし万が一、当社が今後品質面で大きなミスをおかすような事があれば、この横断幕は、タイの最新式キラキラ仏像のように、LEDビカビカのデジタルサイネージに作り直さねば、と思っています。